〜 たまには羽目を外したい! 〜



 魔王の支配する国と人間の支配する国の国境付近に、小さな村がある。
 人口は100人に満たない・・・のは過去の話。

 国の中央の目が届きにくい・街道から近くも遠くも無い・・・等と言った条件が重なり、密貿易をする者が集まり、彼らが落とすお金を狙って歓楽施設が出来、国から追われる者が逃げ込み・・・と現在では『互いの国の裏口』として結構大きな街になっている。
 治安が良いとはお世辞にも言えないが、"よそ者ばかりの街"である為に、過去・素性・種族を詮索される事も無く、自由(自己責任)と混沌が混ざり合ったような街である。







<勇者編>

勇者 
「う〜〜ん、誰も近付いてこない、"詮索されない街"って本当だったんだ」

 今までどの街に行っても"勇者様だ"と子供に取り囲まれたり、ワザとぶつかられたり、落し物をされたり・・・と"お近づき"になろうとする者が多かったのに、この街では全くそういう事は無い。

勇者 
「この街なら、堅苦しくしていなくてもいいかな?」

 なんせ『勇者=人類の希望』として、人々の規範である事を要求される身、そういう立場を恨んだことは無いが、たまには羽目を外したいお年頃である。

勇者 
「うん!宿をとったら酒場に行ってみよう!」







勇者 
「マスター、お酒ちょうだい!」

 この街なら"未成年だから駄目"とは言わない、但し『何があっても自己責任』という事であるが・・・。初めての飲酒に"これって美味しいのかなあ?"と考えていると、魔物のおじさんが話しかけてきた。

魔物オヤジ 
「よう!勇者の兄ちゃん!あんまし飲みすぎるんじゃないぞ」

 ・・・ああ、やっぱり話しかけられるのか・・・。

魔物オヤジ 
「兄ちゃんは何が得意なんだい?この間まで兄ちゃんのお仲間が居たんだが、あれはケッサクだったなあ」

 ・・・仲間?ずっと一人旅しているんだけど?・・・

マスター 
「お客さん、ここは仕事を離れて憂さを忘れる所ですよ、野暮な話は・・・」

魔物オヤジ 
「おっと、そうだったな、悪かったな兄ちゃん、あんたの芸は次の機会にって事で」

 ・・・話を聞いてみると、どうやら僕の事を『勇者のモノマネ旅芸人』と思っているらしい・・・まあ、勇者本人と思われるより干渉されないかもしれない。

魔物オヤジ 
「でも、ホントあの勇者芸人はケッサクだったなあ、口から火を噴こうとして自分の服を焦がしていたし・・・」

 ・・・一体どうすれば"火吹きショー"が僕のモノマネになるんだ・・・

魔物オヤジ 
「そういえば、別種のお仲間ならいるぜ、ホラ、あそこのテーブル!」

 指さす方を見ると、艶やかな藍色の長髪の魔族の青年が酒を飲んでいる・・・とても芸人には見えないが、見かけは魔王に似ている、あの雰囲気も魔王の威厳・・・といった所かもしれない。

魔物オヤジ 
「そうだ!兄ちゃん達、まあ、一緒のテーブルに座って酒を飲んでみてくれ!」

 良く分からないが、言われたとおりにしてみる・・・周りの酔っ払い達は

「魔王と勇者のコラボ」
「魔王&勇者会談」
「むしろ談合」

と好き勝手なことを言って盛り上がっている・・・まあ"家に何か居るから様子を見てくれ"と言われるよりマシか・・・。





勇者 
「今晩は、大変ですね」

魔王 
「(勇者のモノマネ芸人か・・・)まあ、酔っ払いとはこんなものだろう」

勇者 
「まあ、何か芸をやれと言われるわけではないし、飲みましょう」





〜 数十分後 〜





勇者 
「や〜〜っぱ"勇者の特権"があるとはいえ、タンスを漁るのは大変なんですよ、時々家の人が涙目で見ているときがありますし〜〜〜」

魔王 
「魔王も大変なのだ〜、手下共は好き勝手に戦線を広げようとしているし、隙あらば魔王の座を乗っ取ろうと画策する大臣はいるし」

勇者 
「ちょ〜〜と"こういうタイプの子が好き"とか言ったら"勇者のくせに公平さに欠ける"とか言われるし〜〜」

魔王 
「そういえば、何気なく"金髪がいいな"と言ったら部下が片っ端から金髪になっていた事があったな〜〜あれは不気味だった」

勇者 
「まあまあ、今夜は飲んで忘れましょうよ〜〜」

魔王 
「そうだな、今夜はうるさい爺やも居ないしな」

魔物オヤジ 
「わはは〜勇者様と魔王様の愚痴か〜〜面白いぞ〜もっとやれ〜」

魔王 
「よし、マスター『竜殺し』を持ってきてくれ!今夜はとことん飲むぞ!」

勇者 
「僕もおかわり〜〜」





〜 さらに数時間後 〜





マスター 
「お客様、そろそろ閉店なのでお勘定を」

魔王 
「ん?もうそんな時間か?う゛〜〜流石は『竜殺し』けっこう酔う・・・、ええい、」

酔って手元が怪しいのか、魔王はテーブルの上に財布の中身をぶちまけた・・・大量の金貨に周りが驚く。

魔王 
「マスター、いくらだ」

マスター 
「は、はい、その金貨ですとお2人で5枚もあれば」

魔王 
「そうか・・・1枚・2枚・3枚4枚・・・」

勇者 
「今何時〜?」

魔王 
「2時だ・・・3枚4枚5枚、これでいいな」

マスター 
「おっ、お客さん!金貨で"時そば"は止めてください!シャレになりません!」

勇者 
「わ〜い、ひっかかった〜〜〜〜」

魔王 
「全く・・・子供だな」

勇者 
「僕の分のお勘定は〜〜?」

マスター 
「はい、金貨5枚がお2人分の勘定になります」

魔王 
「ふっ、まあ今夜は私が奢ってやろう」

勇者 
「お〜〜魔王のお兄さん、ふとっぱら!」

魔王 
「ははは〜何ならこづかいもやろうか?勇者よ」

勇者 
「あ〜〜馬鹿にするな〜、小遣いくらい自分で稼げるんだぞ〜〜身につける物(装備)も自分で買ってるんだぞ〜まあ、たまにはダンジョンの宝箱の中身貰っちゃうけど〜〜」

魔王 
「そうか、頑張っているんだな〜〜どうだ、これから、他の店に飲みに行かないか?ここは閉店だそうだし」

勇者 
「うん!のものも〜〜」





チンピラ 
「・・・・・・おい、見たか?あの男の金貨」

ごろつき 
「あれだけあれば、当分遊んで暮らせるぜ」

ザコ 
「だが俺たちは自警団に目を付けられている」

チンピラ 
「なあに、相手は芸人、絶対に負ける事は無い、さっさとカタをつけて逃げればいいんだ」

ごろつき 
「そうだな、あの金貨は見逃すのは惜しい」







チンピラ 
「おい!あんちゃん達、ちょっと待ちな!」

ごろつき 
「命が惜しかったら、有り金全部こっちによこせ」

勇者 
「ん〜〜ひょっとして、追いはぎ?僕を勇者と知っての所業かあ?」

魔王 
「ふん、我を魔王と知っての狼藉か〜?いい度胸だ」

ザコ 
「芸人が何言ってんだ!おとなしく・・・」

勇者 
「悪人め〜、おとなしく、裁きをうけよ〜〜」

魔王 
「ザコに用は無い!」


ドカ・バキッ・ボコッ・・・・・・


勇者&魔王 
「「正義は勝〜〜つ!」」

魔物オヤジ 
「お〜〜〜い、兄ちゃん達無事か〜〜〜良かった、無事だったか」

魔王 
「お前は・・・」

魔物オヤジ 
「ああ、兄ちゃん達が出て行ったあと、妙な奴らがこそこそ出て行ったんで、まさかと思って自警団を呼んできたんだ、無事でよかった」

勇者 
「あ、自警団の方ですか?御役目ご苦労様です〜〜」

魔王 
「ちょうどよい所に、このゴミ共を片付けてくれ」

自警団員 
「お前達芸人か?よく無事だったな」

勇者 
「あはっ、これでも勇者ですよ〜」

魔王 
「ふっ、魔王がこんなザコにやられるか!」

自警団員 
「あ〜〜ヨッパライはこれだから・・・まあ、程々にしとけよ」

魔王 
「わかっておる、よし!次の店に行くぞ!」

勇者 
「お〜〜〜」





魔物オヤジ 
「・・・酔って肩を組んで千鳥足で次の店に向かう勇者&魔王か・・・ホンモノだったら街中の皆を叩き起こして見せたい光景だな」

自警団員 
「孫の代まで語れるな・・・ホンモノだったら」





ふたりの武勇伝はまだまだ続く・・・・・・









<魔王編>


翌朝・・・


魔王 
「・・・・・・っ、頭が痛い、飲みすぎたか・・・ここは?」

 見慣れぬ部屋の光景と頭痛に混乱していると、腕の中の存在が身じろぎをした・・・誰か一緒に寝ている!?

勇者 
「う〜〜・・・もうちょっと寝かせて・・・」

魔王 
「なっ!これは・・・確か、勇者芸人!」

 頭痛とパニックでまともに働かない頭を落ち着かせて、状況を把握しようとする。
 確か、昨日は誰にも干渉されずに羽を伸ばしたい・・・と"詮索されない街"と言われる街に行った・・・魔王のモノマネ芸人と思われ、多少はからかったり話しかけたりする者は居たが、"魔王様"として扱われる事は無く、久しぶりに気持ち良く飲む事ができた。
 そして勇者のモノマネ芸人と意気投合し、調子に乗って"竜殺し"を頼んだ所までは覚えているが、その後の事が思い出せない・・・・・・。

 しかし、この状況・・・
 ・・・いや、お互い服を着ているし、記憶が無くなる位に飲んだのだから、それどころではなかった・・・とは思うのだが・・・はっきり言って何もヤッていないと自分を信じろ・・・と言う方が無理だ!

・・・まあ、自分の城に連れ込まなかった・・・だけでもマシな状況だろう。
部下共にこんな光景を見られたら、
「魔王が勇者をお持ち帰りした!」
という噂で盛り上がるに決まっている、連中の口には身も蓋もない、噂が勇者の耳に入る頃には"MP消費無しで攻撃力2倍"のスキルが身に付く位に物凄い尾ひれがつくだろう。


勇者 
「う゛、」

魔王 
「おい、大丈夫か?」

勇者 
「あたま痛い・・・気分悪い・・・」

魔王 
「典型的な二日酔いだな・・・水を飲んで寝ていればいい、今日は急ぎの仕事はあるのか?」

勇者 
「しごと?・・・ない」

魔王 
「・・・それはそれで大変だろうが、今日は寝ていると良い、これからは飲むときは限度を超えないようにすることだ」

勇者 
「初めてだったから、限度なんて分からない・・・楽しかったから、調子に乗っちゃったけど、どの辺が限度なんだろう?」

魔王 
「お前は昨夜のことを覚えているのか?」

勇者 
「どういう事?」

魔王 
「いや、なぜこの部屋に居るのか、記憶が・・・」

勇者 
「う゛〜〜、お兄さん覚えてないの?転移魔法で帰ろうとして、舌噛んで失敗しちゃったから、ベッド半分貸してあげたんだよ」

 ・・・自分で城に帰れなくて子供にお持ち帰りされたのか・・・


 どうやら、勇者芸人は飲んでも記憶は飛ばないタイプらしい、子供相手に確認を取るのも情けないが、このまま逃げる訳にもいかないだろう。

魔王 
「とっ、ところで、昨夜は何かあったのか?」

勇者 
「何かって?・・・色々あったけど・・・?」

 ・・・い、イロイロやったのか?

勇者 
「お酒飲んで、色々喋って、悪者退治して・・・あと・・・」

 ・・・そういう事を聞いたわけではないのだが・・・

勇者 
「でもお兄さん、ゆうべは凄かったよね、金貨をたくさん広げて"小遣いをやろう"とか言い出すんだもん」

 ・・・酔っているとはいえ、そんな品の無い口説き方をしたのか・・・。

 いや、肝心な事を確認せねば!

魔王 
「そうではなくてだな・・・せっ責任を取らねばならぬ事をしたかどうか聞いておるのだ!(早口&裏声)」

勇者 
「せきにん〜?何をしても自己責任でしょ?この街は?」

魔王 
「い、いや、子供に大量に飲ませてコトに及んでいる時点で・・・(モゴモゴ)」

勇者 
「何を気にしているか分からないけれど?・・・今はちょっと気分悪いけど、でも楽しかったし、責任をとるとか堅苦しい事は、無いと思うよ」

魔王 
「そうなのか?」

 ・・・そういえば、この年で一人旅して生活費も稼いでいると言っていた・・・子供扱いは失礼だったかもしれない。


 それにしても・・・今日ほど、飲みすぎると記憶が飛ぶ自分の体質を恨めしいと思った事は無い・・・どうせなら、"オイシイ思い"位は覚えておきたかった・・・。 


                         
















悠様から、よもやまさかの贈り物第二弾を頂いてしまいました……!!
何という素晴らしい町でしょうか…!!

お互いを芸人だと思い、会話している二人のやりとりがとても面白かったです〜www
愚痴を言い合う魔王と勇者。
時そばネタをさり気無く入れ、それにまんまと引っかかる酔っ払い魔王。
そして最後、素晴らしい勘違いをしたままの魔王……www

読んでいて思わず顔がにやけてしまうような、とても楽しいお話でした〜!!
この後、普通にあの街以外で出会ったとしても、
互いを芸人だと認識して、とても楽しいやり取りが発生しそう〜…
などど読み終わった後も楽しい妄想が膨らむばかりでした…w

二度に渡る素敵な贈り物、悠様本当にありがとうございました!!!





ブラウザを閉じてお戻り下さい。